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名古屋高等裁判所 昭和58年(う)160号 判決

被告人 Y(昭○・○・○生)

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一五日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官古橋鈞提出にかかる津地方検察庁検察官津村壽幸名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁は、弁護人渥美裕資名義の答弁書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用するが、右控訴趣意の要旨は、原判決は、本件各公訴事実のうち昭和五七年一二月二四日付起訴状第一記載の「被告人は、法定の除外事由がないのに、昭和五七年九月二四日ころから同年一〇月六日ころまでの間、児童であるAを四日市市〈以下省略〉所在の暴力団a会内b組c組事務所などに居住させて不特定の男と売淫させ、児童を自己の支配下においた。」との児童福祉法三四条一項九号違反の事実について、「取調べた証拠によれば右事実は肯認できるものの、本来児童福祉法三四条一項各号違反の罪は保護法益を共通にするものであつて、本件において被告人がAを自己の支配下に置いたことの目的は、判示第二の所為として認定したとおり、同条一項六号違反の罪として実現したわけであるから、もし、これに加えて九号違反の罪の成立を認めるとすると、法的評価の面で重複することになつて不都合である。結局、右九号違反の所為は判示第二の罪に吸収され、九号違反の罪としては成立しない」旨判示して、主文において右公訴事実第一の所為につき無罪の言渡しをしたが、同法三四条一項九号違反の罪と同六号違反の罪とは併合罪であるのにこれを吸収関係にあるとした点、また、理由中において右両罪が吸収関係にあると判示しながら九号違反の点について特に主文において無罪の言渡しをした点において、それぞれ法令の解釈・適用を誤つた違法があり、その誤りがいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである、というにある。

所論にかんがみ、まず児童福祉法三四条一項九号(以下単に九号という。同条項の各号についても同じ)違反と六号違反との罪数関係について考察するに、九号と六号各違反の罪はこれをその規定の形態およびその文義の上からみるもそれぞれ別個の独立の犯罪構成要件を規定しているものと見られ、またその内容からみても六号は児童に淫行をさせる行為を処罰しているのに対し、九号は児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、これを自己の支配下に置く行為を処罰しているのであつて、これらは各行為の内容を異にし、従つてその各構成要件は全く重複していないと解される。これに関し六号違反が九号所定の目的の一部を構成する場合があり得ることも考えられるが、九号の有害目的は一号ないし六号違反の行為をさせる目的のほか右各号に該当しない有害行為をさせる目的も含まれるものと解され(東京高等裁判所昭和四二年六月一五日判決・高刑集二〇巻三号三七六頁、名古屋高等裁判所金沢支部昭和四四年一二月二日判決・刑事裁判月報一巻一二号一〇九九頁参照)、また九号違反を伴わない一号ないし六号違反も存在しうること、九号においては、「児童が四親等内の児童である場合及び児童に対する支配が正当な雇用関係に基くものであるか又は家庭裁判所等の承認を得たものである場合」を除外していること並びに児童福祉法三四条の立法の趣旨などを併せ考慮すると、九号違反の罪は、単に、一号ないし六号違反の罪の予備的あるいは未遂的段階の行為を処罰するものではなく、前記除外にかかる以外の者が児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的で児童を自己の支配下に置くという児童に悪影響を与える虞れの強い行為そのものを処罰するものと解されるから、九号違反の罪は六号違反の罪とは別個独立の犯罪を構成するものと解するのが相当である。従つて、たとえ、本件のように、九号違反の目的の中に一部六号違反の内容が含まれるような場合にも九号違反の罪が六号違反の罪に吸収されるものと解することは相当でない。以上の理由によれば、本件において九号違反の事実を認定肯認しながら、その所為は、原判示第二記載の六号違反の罪に吸収され、九号違反の罪としては成立しないとして、前記公訴事実につき無罪の言渡しをした原判決には、法令の適用を誤つた違法があつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、所論のうちその余の主張について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条に則り、原判決を破棄したうえ本件については前記九号違反の罪については原判決も証拠上これを肯認できるとしており、当裁判所において直ちに判決できるものと認め、刑事訴訟法四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

原判決書「罪となるべき事実」欄中罪となるべき事実第二とあるのを第三と訂正し、右訂正した第三の項の前に「第二法定の除外事由がないのに、昭和五七年九月二四日ころから同年一〇月六日ころまでの間、児童であるA(昭和○年○月○日生、当時一四年)を四日市市〈以下省略〉所在の暴力団a会内b組c組事務所などに居住させて不特定の男と売淫させ、児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて、右児童を自己の支配下に置いた」と附加するほか、原判決書中罪となるべき事実欄の記載を引用する。

(証拠の標目)

原判決書「証拠の標目」の欄中、「判示第二の事実につき」とあるのを「判示第二および第三の各事実につき」と訂正したうえ原判決書中証拠の標目欄の記載を引用する。

(累犯前科)

原判決の「累犯前科」の欄に記載の事実および証拠を引用する。

(法令の適用)

法律に照らすと、判示第一および第三の各所為はそれぞれ児童毎に包括して児童福祉法六〇条一項、三四条一項六号に、同第二の所為は同法六〇条二項、三四条一項九号に各該当するところ、各所定刑中懲役刑を選択し、刑法五六条一項、五七条を適用して各再犯の加重をし、右は同法四五条前段の併合罪であるから、四七条本文、一〇条により、一四条の制限内でその犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一五日を右刑に算入し、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉田寛 裁判官 土川孝二 虎井寧夫)

控訴趣意書及び答弁書〈省略〉

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